ヒトが人間になる過程は、社会が形成される過程でもあるでしょう。しかし、人間が、最低限の社会を形成したあとも、社会は、発展し続けるわけですから、私が社会とは何かという場合、どの社会を指しているのかを、明らかにする必要があるでしょう。
それは、日々漂白を続ける狩猟採集の小集団なのでしょうか。といったところで、こうした先史時代については、まだわからないことだらけのようです。又、そうした知識をもっていない私が行おうとしているのは、架空の思考実験で、社会と人間の形成について考えることです。話を単純にするため、私が考えるのは、人類形成初期の社会であることは、確かです。
まず、私が、社会実在の為の必要条件として、何らかの強制力の存在を上げたいと思います。例えば、未開社会には、掟とかタブーなどの強制力があることが、文化人類学の研究であわかっています。それを破ることは、追放、時には死を意味しますから、個人は従わざるを得ないでしょう。それは、社会が存在する証拠といえます。
こうした社会の規則により、個人の行動を縛ることで、社会は、個人より全体のまとまりを優先しますが、その時、社会は、生命体と似ています。かつて、社会有機体説というのがありましたが、私は、今から、社会を疑似生命体とみなすことが可能かどうか、可能なら、どのような根拠で、そういえるのか、を考えたいと思います。
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